ドイツと共に、優生学思想を積極的に推し進めた国はアメリカである。優生学に基づく非人道的な政策を採っていた、と来れば、一番に想起されるのはやはりナチスだが、実は、アメリカの方が優生学的な政策を実施していた期間は長い。また、そのような政策を始めたのも、アメリカの方が早い[要出典]。優生政策の老舗は、アメリカだと理解した方が事実に沿っているのである。しかし、ナチスのようないわゆる「積極的駆逐」(=組織的殺害)は全くおこなっていない。断種法は全米30州で制定され、計12000件の断種手術が行われた。また絶対移民制限法(1924年)は、「劣等人種の移民が増大することによるアメリカ社会の血の劣等化を防ぐ」ことを目的として制定された。この人種差別思想をもつ法は、公民権運動が盛んになった1965年になってやっと改正された。
日本への優生学の影響は1905年頃には既に現れた。例えば雑誌『人性』(1905?1918)に欧米優生学(民族衛生学)の紹介が見られる。また1910年代には、海野幸徳『日本人種改造論』(1910)、澤田順次郎『民種改善 模範夫婦』(1911)、氏原佐蔵『民族衛生学』(1914)が書かれた。1919年には市川源三を中心に大日本優生会も結成された。なお、この間、1916年に保健衛生調査会が内務省に設置され、ハンセン病者への隔離を実施し、断種政策とも関連が深いらい予防法の制定へ向けて政府関係者自らが「民族浄化」を叫ぶなどした。
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1924年には、後藤龍吉を主幹として雑誌『ユーゼニクツス』(のち『優生学』)が刊行された。また池田林儀は1920年?1924年にドイツ国でワンダーフォーゲルや民族優生学に影響され1926年日本優生運動協会を設立、雑誌『優生運動』も創刊した。